連日続いた大雨にも負けず、一生懸命に仕事に励む工房イサドさんの”靴べら”が入荷しました。
我が国には「見立てる」という素晴らしい言葉がありまして、茶の湯でも「道具に見立てる」とあるように、
「あるものを、それと似た別のもので示す(大辞林)」ときに用いられる言葉です。
例えば
「雑器を茶碗に見立てる」
「錆びた鉄の容器を花器に見立てる」
「石で水の流れを見立てる」など。
イサドさんの場合それに

「木目や肌、そして木の表情を○○に見立てる」

というのが加わりますから、悔しいですが「お見立て界」の「お見立て王子」といわざるを得ません。
気になる方はぜひ見て触ってお感じください。お住まいだって遼君と同じ松伏町なんですから。
話を戻しますとこの靴べら、玄関に飾るとはっきりいってなごみます。

店主
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他にも数本ございます
松は落ち着きます。

店主

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先週の金曜、17年間家族のように連れ添った猫「栄作」がこの世を去りました。
日記の中でも度々登場していた栄ちゃん、ヌシサのために本当によく働いてくれました。
お客さんがくると隣の部屋から挨拶をしにきてくれたり、
店の前ではちょこんと座って無言の客引きをしてくれました。
あれに引っかかった人は数しれず。
器屋なので割れ物がたくさんありますが、上ってほしくないと思うところには
察するかのように不思議と上ることはありませんでした。
店の前は大通りですが殆んど渡らず、渡る際も必ず左右の確認をしてました。
夕飯がお刺身のときも私たちが席につくまで離れたところでちゃんと待っていたし。
特別なしつけなんて何ひとつしていないのにとてもお行儀の良い猫で
まるで人間の気持ちを理解しているようでした。
もう会えないかと思うと、自分が想像していた以上に悲しい気持ちでいっぱいになります。

我が家は1階が職場で2階が自宅の職場兼住居。私が生まれる前からです。
朝から夜までほとんどの時間を同じ屋根の下で過ごすので、私も実家の仕事を手伝うようになってからは特に、家族と過ごす場面が数え切れないほどあります。栄ちゃんも同様で私たちの仕事とプライベートの中にすっかり入り込んでいました。
17年前といえば私は高校1年生。姉も兄もその頃は独身で、家族5人と栄ちゃんと犬(最高9匹)で暮らしていました。1階の職場には従業員の方たちが数人。その後結婚して家を出ていく者、退職してヌシサを離れていく者、どれほどの人を栄ちゃんは見送り、迎えていたか・・・。そして最後に残った父と母と私と栄作。この3人+1匹の間には、絆のようなものがあった気がします。
職場の一部を「NUSHISA」に改装してからも、栄ちゃんはたくさんのお客様に可愛がってもらいました。とにかく人見知りしないよくおしゃべりする猫でしたので、栄ちゃん目当ての方も随分いらっしゃいました。通学で店の前を通る小学生たちにはよくなでなでしてもらいましたし、運送屋の人にもすりすりしてました。営業で訪ねてきた業者の人にはエサを求めていましたし、犬の退助とのツーショットは通行人を和ませてくれました。

栄作が息をひきとるときのこと。
自分と母と退助で家の中で看病にあたっていましたが、だんだんと呼吸をするお腹の動きがゆっくりになっていくのがわかります。そのテンポはじょじょに遅くなり、やがて静かに止まりました。しかしその10秒後、栄作は目をがっと見開き、それまで苦しくて出せなかった声を振り絞り、

「にゃ~ にゃ~ にゃ~」

とこっちを向いて3回なきました・・・。

そう言って逝きました。
「今までありがとう」って言ったのかな。
最後の最後まで、なんていい猫なの。

栄ちゃん、
竹俣家の猫でいてくれてありがとう。
ヌシサの猫でいてくれてありがとう。
栄作を可愛がってくれた人たち、本当にありがとう。

安らかにお眠りください。

店主
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